Vol.43 Moving West!

残念ながら日本の家族には全くの不評だった、私たちのザ・シンプルウェディング。気にしない、気にしない、自分たちがよければ、それでいいのだ。

翌朝私たちは、車でアメリカ横断旅行に出発。これは、「新婚旅行兼引っ越しの旅」で、なぜならば、私は結婚した相手の仕事の都合上、ニューヨークを離れ、砂漠の真ん中のド田舎、アリゾナ州フェニックスで暮らすことになったのです。だから厳密に言うと、このエッセイはもう、ニューヨーク通信ではありません。

オットはこれまでにも三回くらい、アメリカを横断したことがあるので、旅のプランニングは彼任せ。そしてサプライズ好きな彼は、出発の朝までルートを教えてくれず。車に乗るなり渡された「旅のしおり」を開くと、各地で野球の試合を見つつ旅をする、「アメリカ横断ベースボールツアー」という、ベースボールファンの私たちにぴったりの企画でした。

引っ越しを兼ねた旅とはいえ、大型トラックなんか借りてしまっては不便なので、普通サイズの乗用車で移動できるよう、家具など大きいものはあらかじめ引っ越し業者に頼み、ニューヨーク生活最後の六ヶ月間、は家具付きのアパートで暮らしました。つまり車に乗せるのは、その日までに使っていたものと、貴重品のみ。それでもかなりの量になってしまい、怒るオットをなだめつつ、西に向かって出発!

まず向かったのは、前から行きたかった、ニューヨーク郊外のクーパースタウン。メジャーリーグファンなら誰でも知っている、アメリカ野球殿堂博物館があるところです。博物館を見学した後、ランチにはホットドッグ。その夜は、クーパースタウンのB & Bに宿泊し、翌日はナイアガラの滝を見学しながら、オハイオ州クリーブランドへ。

クリーブランドインディアンズとニューヨークメッツの試合を観戦した後、モーテルを探すのも面倒なので、そのまま車で仮眠。早朝に起きて、ドライブインのスタバでコーヒーをすすり、シカゴへ出発。残念ながら、ホワイトソックスもカブスも、アウトオブタウンだったので、球場の横を通過して、ウィスコンシン州ミルウォーキーに到着。

ブリューワースもその日は試合がなかったため、試合観戦はあきらめて、ミルウォーキー在住のオットの弟夫妻と、地元のビールとソーセージの夕べ。

次の日は、窓の外の牧草地にいる、たくさんの牛さんを眺めながら、夕方ミズーリー州セントルイスに到着し、やっとここでカーディナルスのゲームをみることが出来ました。カーディナルスファンは、ヤンキースファンに勝るとも劣らず熱いのにビックリ!

翌日は、どこまでも果てしなく続く、カンザスの畑の横をウンザリするほど走った後、コロラド州デンバーに着き、ここに住むオットの従兄たちに歓迎されました。

コロラド・ロッキーズの試合の後、ロッキー山脈を超え、モニュメントバレーへ。途中山火事に遭遇したため(どこまでも火事に縁のある私)、進路を変更して、グランドキャニオンを通過し、やっとアリゾナに到着しました。ああ、長旅だった。何とオットは、一人ドライブ。ごくろーさん。私は以前から、「新婚旅行は、南フランス」と決めていたのに、野球とビールと岩と埃にまみれた、えらく男っぽい旅行になってしまった。


そして現在私は、道ばたにサボテンが生えるド田舎で、優雅に暮らしております。私はこれまでほとんど、東京とニューヨークにしか住んだことがない、シティガールだったのに...東京を離れたことのない、生粋の江戸っ子である私の母などは、いくら教えてもアリゾナとアマゾンをごっちゃにし、いまだに私がどんなところにいるのか、想像もつかない様子です。

私は以前から、「アメリカの田舎と言うのはコンサーバティブなので、そんなところに行ったら最後、ものすごい人種差別に遭うに違いない!」と恐れていたのですが、アリゾナの人はとってもフレンドリーで驚くほど親切。道ですれ違うときは、知らないどうしだって、「ハロー」って挨拶するくらい。

イエローキャブと、ベーグルと、レッツゴーヤンキース!のビジーなニューヨークから、お日様と、サボテンと、タコスのフェニックスにお引っ越し。こんなニューヨーク通信の結末を、一体誰が想像したでしょうか?本人だって、しなかったよ...

これまで東京でも忙しく働いたし、ニューヨークでは仕事以外でもずいぶん色々なことがありましたので、ここらでちょっとアリゾナ人を見習い、しばしのんびりと過ごしていこうかなと思います。

今まで12年間、私のエッセイを読んでいただきまして、どうもありがとうございました。ニューヨークに、わざわざ尋ねて来てくださった皆様、火事にあった時に、励ましてくださった方々、本当にありがとうございました。改めてお礼申し上げます。こんな何もないところに引っ越してしまいましたが、もしいらっしゃることがありましたら、ぜひご連絡ください。




(2011年6月)